●これまで中国共産党の正当性は経済成長にあった
習近平国家主席のスタイルは、代々の前任者とは違う〔AFPBB News〕
『
JB Press 2013.05.07(火) The Economist
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37724
中国の未来:習近平とチャイニーズドリーム
(英エコノミスト誌 2013年5月4日号)
中国の新国家主席のビジョンは、ナショナリズム国家にではなく、国民に利するものであるべきだ。
1793年、英国の全権大使ジョージ・マカートニー卿が、中国に大使館を開設しようと、時の皇帝の宮廷を訪れた。
マカートニー卿は、産業化が始まったばかりの母国から選りすぐりの贈り物を持参していた。
しかし当時、中国の国内総生産(GDP)は全世界のGDPのおよそ3分の1を占めており、乾隆帝はマカートニー卿の申し出を一蹴し、英国王ジョージ3世に次のような書簡を送った。
「貴殿の心からの謙虚さと忠誠心は十分に理解できるが、我々には貴国の製造品は全く必要ない」。
英国は1830年代に軍艦とともに中国を再訪し、力づくで貿易の扉を開いた。
中国国内の改革の試みは屈辱のうちに崩壊を迎え、ついには毛沢東思想へと至ることになる。
中国が再び偉大な国に戻る旅路は、これまでのところ目覚ましいものだ。
数億の国民が貧困から抜け出し、さらに数億人が新たな中流階級に加わった。
中国はまさに、自らが「世界での本来あるべき地位」と考える立場を取り戻そうとしている。
世界での中国の影響力は拡大しつつあり、中国経済は10年以内に米国経済を追い越すと見込まれる。
中国を統治する共産党の新指導者、習近平国家主席は、権力の座についてから最初の数週間で、新しいスローガンを掲げてその進歩を表現した。
マルクス主義信仰が崩れた今、習主席はそのスローガンを使って、多様化が進む国を1つにまとめようとしている。
習主席はその新たな教義を、アメリカンドリームを意識して、
「チャイニーズドリーム(中国夢)」と呼んでいる。
中国では、そうしたスローガンが極めて大きな意味をもつ。
ニュース番組は習主席の夢であふれかえる。学校では、チャイニーズドリームをテーマにした弁論大会が催され、「中国夢之声」というタレント発掘番組も始まった。
国は人と同じく、夢を見るべきだ。
だが、習主席のビジョンとは、正確にはどのようなものなのか?
そこには、米国風の野心もいくぶん含まれているように見える。
それは歓迎すべきものだ。
だがそれと並んで、ナショナリズムと、装いを新たにした権威主義という不穏な気配も漂う。
■イデオロギーの終焉
19世紀の屈辱以降、中国の目標は富と強さだった。
毛沢東はマルクス主義を通じてそれを手に入れようとした。
鄧小平とその後継者たちのイデオロギーは、(共産党支配が絶対的だったとはいえ)それよりも柔軟だった。
江沢民の「3つの代表」思想では、共産党は変化した社会を体現するものでなくてはならないとされ、民間のビジネスマンの入党が許された。
胡錦濤前国家主席は、「科学的発展観」と「和諧社会」を推し進め、拡大する貧富の格差が生む不協和音の解消に取り組んだ。
しかし今、新たなスタイルと写真映えする人気の妻を持つ新たな指導者が登場した。
習主席は改革を口にし、公費の浪費を撲滅する取り組みを始めている。
習主席の夢は、具体性には欠けるものの、以前の中国指導者が抱いたどんな夢とも異なっている。
前任者たちの格式ばったイデオロギーと比べると、露骨なほど感情に訴えるものだ。
毛沢東政権下の共産党は、古いものを片っぱしから攻撃し、帝国時代の過去を抹消したが、
習主席による国家の偉大さの強調は、共産党の指導者たちを傲慢な18世紀の君主の後継者に変貌させている。
当時、乾隆帝は西洋の使節に頭を地面に付ける礼を要求したのだ(マカートニー卿はこれを拒んだ)。
だが、明らかに現実的な政略も動いている。
経済成長が減速している今、習主席の愛国的なスローガンは、主に共産党の正当性を裏づける新たな根拠とするために作られたようにも思える。
習主席が最初に「中華民族の偉大なる復興」という夢に言及したのが、昨年11月に天安門広場の国家博物館で行われた演説だったことは、偶然の一致ではない。
その時、国家博物館では「復興之路」と銘打った展覧会が開催され、宗主国支配下の中国の苦難や共産党による救済の歴史が展示されていた。
■党よりも国民のための夢を
習主席の最優先事項が経済成長の維持
――中国の指導者たちは、貧しい自国がずっと豊かな米国に追いつくには、まだ何十年もかかると口にしている――
にあり、それが中国を一層開かれた国にするであろうことは、誰も疑わない。
だが、習主席の夢には、明らかな危険が2つある。
①.1つは、ナショナリズムという危険だ。
歴史的に被害を受けてきたという積年の意識を考えると、国家の復興というレトリックは、あまりにも容易に好ましからざるものに変質する恐れがある。
近隣海域で小競り合いや挑発行為が増加している中で、愛国的なマイクロブロガーたちは、とりたてて鼓舞するまでもなく、日本に屈辱を味あわせろと訴えている。
習主席は既に、軍部受けを狙った行動を取っている。
昨年12月に中国南部に展開する海軍を視察した際には、「強い軍隊の夢」に言及した。
軍部はそうした発言を喜んでいる。
タカ派に迎合する習主席の主目的が、彼らを味方につけておくことだけにあるとしても、
それが東アジアにおける中国のより好戦的な姿勢につながる懸念がある。
自信あふれる中国が穏やかに構えているのなら、誰も気にする必要はない。
だが、かつて植民地支配の犠牲になった国が、日本に仕返しをしたいあまりに
威張り散らす「暴れん坊国家」に変容すれば、地域全体に、そして中国自身に、甚大な悪影響が及ぶことになるだろう。
②.もう1つの危険は、チャイニーズドリームの結果、国民よりも中国共産党に大きな権力が集まることだ。
習主席は昨年11月、アメリカンドリームをそのまま語り、
「幸福な暮らしを求める(中国国民の)欲求に応えることが我々の使命」
だと宣言した。
中国の一般国民は、家の所有、子供の大学教育、あるいは娯楽に対する野心では、米国民に引けを取らない。
だが、習主席の主眼は、共産党の絶対的な権力を強化することに向けられているように見える。
習主席は海軍を前にして、「強い軍隊の精神」は
「共産党の命令に断固として服従すること」
にある、と語った。
「チャイニーズドリーム」が共産主義のレトリックを避けたとしても、習主席はソビエト連邦崩壊の原因について、ソビエト共産党がイデオロギー的な正統性と厳格な規律から外れたせいだと信じていると明言した。
「チャイニーズドリームは1つの理想だ。
共産党員はさらに高い理想を抱かなければならない。
それが共産主義だ」
と習主席は語っている。
■「法の支配」が試金石に
習主席が抱くビジョンの根本的な試金石となるのは、法の支配に対する姿勢だろう。
習主席の夢の良い面を実現するためには、法の支配が必要だ。
経済、国民の幸福、そして中国の真の強さは、専制的な権力を縮小できるか否かにかかっている。
だが、腐敗と役人の浪費は、党の力よりも憲法の力が大きくならなければ抑制できない。
ある改革派の新聞が、「憲政の夢」と題した新年の社説でそのことを説いた。
その社説は、中国は「自由で強い国」になるために法の支配を用いるべきだと主張していた。
だが、新聞の発行直前に、検閲により内容が差し替えられ、標題も変えられてしまった。
このやり方が習主席の夢を真に体現するものなら、中国が目的地にたどり着くのはまだまだ先になるだろう。
© 2013 The Economist Newspaper Limited. All rights reserved.
英エコノミスト誌の記事は、JBプレスがライセンス契約 に基づき翻訳したものです。
英語の原文記事はwww.economist.comで読むことができます。
』
【「悪代官への怒り」】
_